活動

2018年8月28日

日本赤ちゃん学会第18回学術集会ラウンドテーブル – 「<個性>創発脳」と「共創言語進化」の共同企画

首都大学東京大学院人文科学研究科 人間科学専攻 言語科学教室
保前 文高

2018年7月7・8日に、日本赤ちゃん学会第18回学術集会が東京大学本郷キャンパスにおいて開催され、8日に自主企画として提案したラウンドテーブルを行いました。日本赤ちゃん学会の学術集会には、医学、心理学、教育学、工学、保育等のバックグラウンドを持って、臨床・保育・教育の現場で、もしくは、基礎研究として「赤ちゃん」に向き合う様々な「赤ちゃん」関係者が集まります。今回の学術集会は、「発達の予兆」というテーマが掲げられましたので、コミュニケーションの多様性と共通性がどのように形作られるのかという兆しについて発達と進化の視点から議論したいと考えて、新学術領域研究の領域間連携の一環として、「<個性>創発脳」の保前と「共創言語進化」(領域代表者: 岡ノ谷一夫先生)の馬塚れい子先生(理化学研究所)が共同してラウンドテーブルを提案しました。「<個性>創発脳」からは、檀一平太先生と菅野康太先生にご講演頂き、「共創言語進化」からは、明地洋典先生(東京大学)と香田啓貴先生(京都大学)にご登壇頂いて、馬塚先生に指定討論をして頂きました。

保前から新学術領域の紹介と企画趣旨の説明をした後で、脳梁の形態形成に現れる時間発展の要因と個人の特徴についての研究紹介をしました。また、日本語マッカーサー乳幼児言語発達質問紙と視線計測の行動データをもとに、語彙獲得についての多様性と共通性の話題を提供しました。檀先生からは、注意欠如多動症(Attention Deficit Hyperactivity Disorder, ADHD)について、症状の説明と、その症状がなぜ問題になるのか、逆に行動としてプラスに働くという見方があるのではないか、との全般的なお話があり、脳機能による客観的な診断法と薬効評価についての最先端のご研究の紹介をして頂きました。また、このような研究を通じて早期にモニタリングすることで、個人の特徴を活かすことにつなげられるのではないかとのご提案がありました。明地先生は自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder, ASD)についてご講演下さり、特に定型発達と発達障碍とは連続性があり、線引きは困難であるというご説明は、檀先生のご講演と非常につながりが深いものでした。誰しも様々な側面や程度の発達特性を持っていて、発達特性が不適応につながらない場合には特殊な認知特性を有すると考えられるなど、コミュニケーションを含めた発達の多様性を考える上でとても重要な視点をお示し下さいました。また、コミュニケーションに関しては、発話を合意的な行為としてベイズ推定を用いたモデルでとらえることにより、発話の意図推論を説明できるのではないかとの大変興味深い研究をご紹介下さいました。

上記3つの話題は、ヒトを対象とした主に情報の受け手としての内容であったのに対して、後半2つのご講演は齧歯類と霊長類を対象とした情報の産出についての話題でした。菅野先生は、マウスの音声コミュニケーションについてヒトとの共通点をご紹介下さった後で、主に遺伝的背景によって形成されるにもかかわらず、個体差があることをお示しになりました。年齢による鳴き方の違いを1個体ずつとらえることで、社会行動の見え方が変わるのではないかとのことと、意味論的言語モデルを考えると良いのではないかとのご提案をして下さいました。最後の話題提供者であった香田先生は、「ヒトの発話にあってサルの発声にないもの」という観点から違いがどのように出現したと考えれば良いのかについて、随意制御能力、発話の顔面表情運動、自律神経系支配のリズムという3つの大変興味深い話題でお話し下さいました。発声能力獲得の進化的経緯を個体発生と系統発生の双方から考察することで、ヒトだけでは明らかにし得ないコミュニケーション成立の生物学的基盤を検討することが可能になるという全体の話題に関わりがある展開になりました。

指定討論者の馬塚先生から、各話題をふまえて、再び発達の視点でコミュニケーションをとらえる全体のまとめと、個別の話題に対する質問を頂いた後で、登壇者全員で議論をしました。モデル動物がコミュニケーションを通じてどのようにして情報の受容をしているかを明らかにしてヒトと比較することが重要であろうという点と、特に発達期において情報を発する「意図」をどのようにとらえれば良いかという点について、限られた時間ではありましたが、意見交換をしました。ラウンドテーブルに参加して下さった方からも、熱心な質問とコメントを頂きました。2つの領域でそれぞれの各論を展開するのではなく、異なる視点からコミュニケーションの多様性と機序について議論できたことは登壇者全員の喜びでもあり、領域間で連携して共同企画をした意義があったと感じるラウンドテーブルになりました。

最後に、企画に快くご参加下さいました先生方とご来場頂きました先生方に御礼申し上げます。

ラウンドテーブルの様子1 ラウンドテーブルの様子2 ラウンドテーブルの様子3 ラウンドテーブルの様子4